PR

高知東生の壮絶な生い立ちまとめ!母親は愛人でトンネルで事故死?

エンタメ

高島礼子さんの元夫で現在は俳優や小説家として活躍している高知東生さん。

高知東生さんと言えば、麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたことが記憶に残る人も多いと思います。

その背景には少なからず高知東生さんの壮絶な生い立ちが関係していると言っても過言ではないでしょう。

この記事では高知東生さん生い立ちと父親や母親の関係性についてまとめています。

高知東生さんの幼少期から現在まで歩んできた道は果てしなく深く濃く、壮絶そのものでした。

高知東生のプロフィール

高知東生さんのプロフィールです。

  • 本名: 大崎丈二(おおさきじょうじ)
  • 生年月日:1964年12月22日
  • 年齢: 61歳(2026年3月現在)
  • 出身地: 高知県高知市
  • 出身中学校: 明徳義塾中学校
  • 出身高校: 明徳義塾高等学校
  • 職業: 俳優・歌手・作家
  • 著書: 「あきらめたら、あるきだせた」・「生き直す」など
  • 結婚歴①: あいだもも(1991年~1996年)
  • 結婚歴②: 高島礼子(1999年~2016年)

高知東生さんは2016年6月24日に大麻と覚せい剤所持の容疑で逮捕されていますが、実は2015年の秋頃に芸能界を引退しています。

引退の理由は、当時配偶者だった高島礼子さんの父親の介護をするためと言われていましたが、高知東生さんはその理由については自身で否定しています。

2020年9月に執行猶予期間が終了。

高知東生さんは、執行猶予終了期間前の2018年に芸能活動を再開しています。

世間を賑わせた逮捕事件でしたが、高知東生さんは現在、依存症予防教育アドバイザーとして講演活動など行っており、自身の経験を元に社会的に貢献されています。


高知東生の生い立ち

高知東生生い立ち

それでは、高知東生さんの生い立ちです。

高知東生さんは2020年9月に執行猶予期間が終了することで、初めて自身の生い立ちについて触れました。

2020年4月に女性セブンのインタビューで、これまでひた隠しにしてきた自身のルーツを公表しました。

高知東生さんは、高知県高知市で幼少期を過ごしていますが、物心ついた時には既に両親はいなかったと言います。

高知東生さんの親代わりとなったのが、祖母と叔父夫婦でした。

つまり、高知東生さんの母方の祖母と叔父夫婦に育てられたました。

しかし、その環境は祖母と叔父夫婦に育てられたと言うよりも、ただの同居人としての関係性に近い状態でした。

誕生日のケーキや豪華な食事は高知東生さんだけ食べさせてもらえなかったと、子供時代の記憶を振り返っています。

そして、祖母からは、「あんたは犬と一緒に箱に入れられて、川(鏡川)に捨てられていた。」と聞かされていたとも。

小学校に上がった時に、突然、祖母から、「あんたにとって大切なおばさんを紹介する。」と言われ、庭に行くと、真っ黒な黒塗りの車が数台やってきて、その一台の車の中から和服姿の女性が現れたのです。

その日から、その女性は度々やってきては、野球のグローブやスパイクなどを買い与えてくれたと言います。

デパートに行く際は必ず何人ものスーツを着た男の人が付いていたそうです。

やがて祖母から、その女性が高知東生さんの実の母親であることが告げられました。

ほどなくして、実母は高知東生さんのを引き取り、親子二人での暮らしが始まったのです。

高知東生さんの祖母の言葉から、母親と祖母の関係も冷え切っていた感じが伝わってくるようです。

冷え切った関係だったからこそ、祖母も高知さんに冷たく接しざるを得なかったのでしょう。

祖母からしたら、娘(高知さんの母親)に対して、手に負えない、手の付けられないような存在であったのかもしれません。

高知東生の母親

実母に引き取られた高知東生さんは、当時は自分にも母親がいることを知り、とても嬉しかったと言います。

しかし、母親と二人の生活が始まったとたんに、母親は毎晩のように酔っぱらって帰ってくるようになり、やがて、お金をテーブルに置いて2・3日帰ってこない日が続くようになったそうです。

そして、お父さんだと紹介された男の人がいましたが、その人も家に来たり来なかったりで、子供時代の高知東生さんはいつも一人ぼっちと感じていたと言います。

やがて、父親と紹介された男の人は任侠の世界で生きている人で、高知県では有名な親分であったことが判明。

そして、高知東生さんの母親はその愛人であったことを理解したのです。

高知東生さんは母親に対して嫌悪感を覚え始めます。

そんな家庭環境から逃れたくなり、高知東生さんは中学進学を全寮制のある中高一貫校であった明徳義塾を選択。

元々、野球少年だったこともあり、高知東生さんは野球部に入部し、高校に進学しても野球は継続。

高校3年生の春には選抜甲子園にも出場するも、高知東生さんはベンチ入りは叶わず。

3年生の部活を終えるときの保護者に感謝を伝える会で、初めて高知東生さんの母親は部活関連の行事に出席したと言います。

その時は、スッピンにジャージ姿で他の保護者に混じって、差し入れを作る母親の姿を見て、本当に嬉しかったと述べています。

数日後、高知東生さんの母親は車でトンネルに突っ込み、自ら命を絶ちました。

事故を起こす1時間前に、母親は高知東生さんに切羽詰まった様子で現れ、「今すぐ進路を決めろ。」と。「任侠の世界だけは絶対にダメ!」と告げたそうです。

高知東生さんが、「普通に就職するよ。」と答えると、安堵し「私ってきれいかな?」と言い残し、高知東生さんの元を去ったそうです。

その時の母親の顔には涙が流れていたと言います。

事故の第一発見者に母親は、遠のく意識の中、「息子に、ごめんねって伝えて、、」と言ったそうです。

高知東生さん17歳。

母親は41歳でした。

事故後、期限切れが間近に迫った生命保険の証書が出てきたそうです。

母親が亡くなる少し前に、いつも運転手付きだった母親は自分で運転するようになり、装飾品もあまり身に付けなくなったことなど、母親の身の回りの変化に高知東生さんは薄々気付いていたそうです。

高知東生の父親

高知東生さんの母親が亡くなってから、父親だと紹介された男の人は、実の父親でないことが判明します。

そして、高知東生さんの実の父親も任侠の世界の人で、他県で大親分であったことが判明。

更に、母親がこの人の愛人であったことも同時に判明。

高知東生さんは、実の父親に会いに行き、不満をぶつけようとしたのですが、いざ実の父親に会いに行ってみると、とても大きな家で自分と同じくらいの年齢の息子さんの姿もあって、幸せそうな家族の姿を見て、何も言う気がなくなり、そのまま引き返したと言うことです。

高知東生さんは、20歳の時に所持金6万円を握り、高知県を離れ上京。

上京後はホームレス、ホストクラブで働き、成り上がるチャンスを待ち、ディスコで嶋大輔さんとケンカしたことがきかっけで、芸能界入りの道が開かれました。

まとめ・高知東生の生い立ち

高島礼子さんの元夫の高知東生さんは壮絶な生い立ちを背負っていました。

高知東生さんの薬物事件に於いては、生い立ちの影響が影を落としているかもしれません。

しかし、高知東生さんは自身の経験を元に現在は依存症予防教育アドバイザーとして活動されています。

過去の苦い経験を糧にしている、高知東生さんの姿は多くの人に希望や勇気を与えてることと思います。


タイトルとURLをコピーしました